辛いことから逃げ出さずに、自分でしっかり引き受けて生きる

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兵庫県 Tさま(77歳 女性)
入院中のご主人(84歳 シャイ・ドレーガー症候群)を介護
ニワーナ、仙遊丹を摂取中


?「主人の病気」

84歳、シャイ・ドレーガー症候群(現在、入院治療中)/ニワーナ、仙遊丹を摂取中

主人について
造船会社の設計の仕事を、定年満期まで勤めました。若い時から日本画を習っていました ので、船室の設計と、船室を飾る絵を描いたり、船室内のカーテン、カーペットの柄、色彩のデザイン、そんな仕事で、きれいな仕事ばかりの生涯でした。

発 病
主人は、若い時から低血圧性で、特に、夏は火の中にいる様に辛い体質でした。 今の病気が重くなって動けなくなりましたのは、68歳位の頃からです。家で、10年あまり開業医の先生に往診して頂きましたが、血圧が上は60くらいで、体を動かすたびに失神しました。特にトイレでは度々でした。
開業医の先生は、自立神経失調症としかおっしゃいませんでした。
平成13年7月13日に容態が悪くなり入院して、心臓にペースメーカーを入れる手術をして頂きました。その折、シャイ・ドレーガーという病名を見付けてくださいました。治療法は解明されていないのです。重症者特定疾患として承認されています。

入院生活
入院して当時は、電動ベットでもたれて食事はボツボツ一人で出来ていたのが、主人の無意識のうちの不注意から容態が悪くなり、血圧が30、20に下がり、心臓が止まるという状態になりました。
血圧を上げる薬の点滴と栄養剤の点滴をして頂いて、3ヶ月余りは失神したまま点滴で生かされているという状態でした。
この10月末頃から食事が口から食べられる様になり、まだ寝たままですが、本日、薬から離れることが出来ました。(平成15年11月21日)
病院では、手厚い看護を受けまして、快方に向かっております。神様のお恵みと、先生をはじめ看護士さん、皆様のお蔭様と感謝の日々を送っております。私も一日も休まずに行っております。

ニワーナについて

ニワーナの飲み始めは、まだ家で養生している時です。大変良かったです。 主人は全身に吹き出物が出ていました。(ずっと注射をする薬のせいかと思いますが、わかりません)
ニワーナは飲み始めて間もなく効きました。全身がかゆくて、体内の汚物が毛穴から全部出てくれる様でした。今は、きれいになっております。

ニワーナの食べ方について
主人は寝たきりですので、食事はミキサー食を頂いております。とても手の掛かる料理です。一旦炊き上げた品を一品ずつミキサーにかけて、お皿に盛ってあるのが図案のように美しく入れてあるのです。私は、初めてその料理を見ました時に、有難くて感激しました。本人は寝たままですので見る事ができませんので、私が説明をするのです。起きて食事が頂ける様になれば、絵心のある人ですので、喜ぶことと思います。 今は、ニワーナをどれか一品にまぜて食べさせております。以前元気な時は、すりリンゴにまぜて食べさせました。

水溶性キトサン“仙遊丹”について
主人が飲みにくいのは仙遊丹です。のどにつかえますので、食事の前にお湯と食べ物で押し込む様に飲ませます。
仙遊丹もよろしいです。頑固な便秘症でしたのが、最近になって下剤を飲まなくても出る事があります。これまでは、下剤を飲まないと出なかったのです。ふっくら太ってきれいになっております。仙遊丹は、飲みはじめて日が浅いのですが、よくなって行くと楽しみにして飲んでおります。もっと日が経てばまだまだ効果が出てくると思います。
最近になって手足が大変温かくなってきております。これまでは氷の様に冷たい手と足でした。血液の循環が良くなってきたのです。ニワーナも仙遊丹も、私の家族には大変良かったです。

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「私の病気」

77歳、事故の後遺症からくる体の痛み / ニワーナ、仙遊丹を摂取中

私は町育ちですのに、田舎へ嫁ぎました
昭和29年8月、屋根の葺き替えの手伝いに行き、背骨を痛め、3年間ギブスベットに寝ました。起きられる様になりましたが、体に痛みが残りました。胸椎でしたので、脊骨も肋骨も、上半身はずっとにぶい痛みがして辛い日々でしたが、痛みにも慣れて、こんなものかなと、40年間、痛みのする体をひきずって行くという感じがする日々でした。
病気以前と同じ様に働く日を送りながら、私の体を快くして下さる先生に巡り会えないものだろうかと心に念じつつ暮しましたが、出会えたのです。 3年間、せっせと通い、背中の痛みはとれました。それからは元気です。主人の看病に通っております。

ニワーナと仙遊丹を飲みはじめてから出た反応

ニワーナの飲みはじめは、全身がかゆくてわくわくしました。体内の汚物が全部出てくれる様に感じました。シミはきれいになりました。
今は、ニワーナと仙遊丹を飲んでおります。
ニワーナだけの時と、仙遊丹を飲みはじめて変わったことは、首から頭へかけて大豆粒ほどの湿疹がでては消えてのくり返しです。それがかゆいのです。

私は40年程前、倒れて首を痛めておりますので、その箇所がいつもだるく肩から首、頭まで痛かったのですが、その痛みはなくなりました。今でもかゆい湿疹がずっと出ます。 仙遊丹を飲みはじめて1ヶ月後、下痢が始まり、その1ヶ月して普通便になりました。お腹の中が空ッポになる勢いで出ますので、清きしい気分で一日中居れます。 ひざ、関節の痛みは仙遊丹を飲みはじめてから、1ヶ月ほどしてからよけいに痛くなり、 その後しばらくしてから痛みがとれました。

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「息子の病気」

52歳、腸管莫静血栓症/ニワーナ、仙遊丹を摂取中

車で出勤中に突然頭が鳴って耳が聞こえなくなり
必死に家まで引き返してきました。それこそ首から上は真っ赤で、耳や頭が鳴ると言って倒れました。ずっと意識はありましたが、耳はさっぱり聞こえませんでした。 その後、同年6月13日救急で入院しました。

入院生活
息子の病名は、「腸管莫静脈血栓症」でした。腸から肝臓へ行く血管が全部詰まり、肝臓の門脈も詰まって血流が止まってしまったのです。小腸が腐っており、80センチ切り取る手術をしました。
その折は、このままだと、次々と内臓が腐って行き、傷口を開けては腐った内臓を切り取るのをくり返して、終いには命がなくなってゆく、と言うことでした。
肉眼で見なければならないので、明後日明けて、もう一度腐っていないか確かめてみるか らと言われました。当日になり、エコーで診た所、肝臓の門脈のまわりに、まことに細い毛髪ほどの血管が出来て、細々と血液が流れている、ということで、先生も私達も安堵したようなことです。が、油断が出来ない状態で、血管専門の先生がつきっきりで看病して下さいました。(私は、息子の手術中、夜中でしたが、病院の屋上に出て神と私の生みの父に、お力賜ります様に祈りました)

退 院
退院しましたものの、自分の体を持ちこたえるだけでもえらくて、骨の上に皮がはり付いているだけで、耳と頭がガンガン鳴る状態でした。
私はずっと息子の体を神に祈りながら、夜通し撫ぜ続けました。特に、夜中から朝にかけて大変で、朝の4時はすぐにきました。さすがに私も、朝が来ると腑抜けになった感じがしました。
そして田舎ですので買い物をするのが遠いので、それも私の役目です。料理をつくって食べさせねばなりませんし、よくまあ、日が起こっていったと思います。
ありがたい事には、全然知らない方が、私はこんな事が出来るのですが、とそれは不思議 な治療をして下さるお方に、巡り合えたのです。その後、その先生が亡くなられる迄、15年間お世話になりました。だるくてえらい体を楽にして下さるのですが、せられる間は拷問にあっているみたいに辛いのです。我慢して、して頂く間に、少しずつ元気になっていったのです。

息子に助けられて
病院の先生は、息子が生きていけるとはおっしゃいませんでしたが、弱いですが、まあまあ元気で生かされています。まだ耳は聞こえませんが、その悪い体で私と主人を支えてくれて、今日まで暮させて頂いております。
息子はその様な重病人でしたが、私の重荷にならないで、主人が長生きできたのも、私が元気で生きて来られたのも、息子に助けられてのお陰だと思うことが多いのです。
神様が、私の為に息子を下されたと思う事が多い日々です。
此の頃気がつきましたが、顔も体も、ふっくらして来ております。

ニワーナ、仙遊丹について

ニワーナは、私の長男夫婦が、養生中の息子に飲ませるとよいと思う、と言って送ってくれたのがはじまりです。
息子は初め、ニワーナを一度に1服は飲めませんでした。少しずつ飲んで慣らしてゆきました。今では全部一度に飲めます。食べ物の通る道筋は、全部ピリピリと、お尻の穴までピリピリするというこたえ方でした。
今は、仙遊丹を一緒に飲んでおります。仙遊丹を飲みはじめて1ヶ月ほどして下痢が始ま り、下痢便は1ヶ月して普通便にかわりました。それからは、お腹の中が空ッポになる様な勢いで出ますので、汚物が全部出てゆく感じがして毎日が清々しいと言います。ふっくらと太りました。